新型コロナウイルス感染予防に伴い、各イベントで中止や延期が発表されていますので開催の有無については、公式サイトを確認してください。

支倉常長のお墓(支倉常長メモリアルパーク)


支倉常長メモリアルパーク 入り口ここは大郷町東成田にある支倉常長のお墓です。お墓と言われるものは宮城県内に3ヶ所存在しますが、そのうちもっとも有力な場所と呼ばれているそうです。
(ほかには仙台市北山にある光明寺説、川崎町支倉地区の円福寺説)


支倉常長メモリアルパーク 案内板【支倉常長とは】
1613年に伊達政宗の命をうけ、メキシコ経由でローマへと渡り、ローマ法皇に謁見した初めての日本人です。誰も成しえなかった太平洋・大西洋の二大洋を横断した男。
7年後に旅から帰国した時、幕府の政策は鎖国、そしてキリシタン禁教となっておりました。また藩主伊達政宗の命は海外への軍事協力との説もあり、この支倉常長は事実上歴史から抹消されてしまいました。

帰国から2年後に失意のうちに死去したという説もありますが、1654年に没するまでこの地で匿われ静かに余生を過ごしたとも言われています。


支倉常長メモリアルパーク 入り口付近山に囲まれた場所にひっそりと佇んでいます。


支倉常長メモリアルパーク 支倉新右衛門常次の墓きれいに整備された道を進むとまず常長の義弟のお墓があります。


支倉常長メモリアルパーク さらに奥へさらに奥に進みます。


支倉常長メモリアルパーク 常長の墓しばらく進むとほんとにひっそりとお墓があります。隠棲生活をおくっていたことを思わせるとても寂しい場所のように感じられました。


支倉常長メモリアルパーク サン・ファン・ヴァウティスタ号これは常長がローマへ渡った時に使用したといわれるサン・ファン・ヴァウティスタ号です。石巻にある通称サン・ファン館に展示されています。 立派な船ですね。

サン・ファン館HP(宮城県慶長使節船ミュージアム)


支倉常長メモリアルパーク 常長像危険を冒し大海原を渡った支倉常長。まさに男のロマンですね。しかしそれは報われることなく、ひっそりとした晩年を過ごしたわけです。

今、こうして功績が語り継がれていることをぜひとも教えてあげたいですね。
※入場料・駐車料ともに無料