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布袋尊(南谷山 福聚院)


南谷山福聚院つづいてやってきたのは布袋尊が祀ってある南谷山福聚院です。286号線沿いの太白区門前町にあり、大年寺と三女高の間辺りに位置します。

「円満の神様」として、大きな布袋を背負い肥えた腹を突き出すユーモラスな姿と共に、「夫婦仲良く子宝に恵まれる」と大いに信仰されている布袋和尚。その名の通り神様ではなく僧侶です。


山門ふと疑問に思ったのですが、お寺の名前の前に○○山とついてるのは何なんでしょう?せっかくなので調べてみました。それは「山号(さんごう)」というものでした。

山号
寺院の名の上につける別称。初めは寺院の所在地の山名によったが、鎌倉時代以後は平地の寺院にも及び、別称として一般化した。所在地とは関係のない、仏教用語を山号として付けている場合もある。釈迦ではなく、阿弥陀如来を本尊とする浄土系仏教の寺院については、山号が付与されていない場合が多い。

なるほど。またひとつ賢くなりました。


瑠璃光殿こちらは敷地内にある穴薬師さまを祀ってある瑠璃光殿です。もともとは大年寺に祀られていたそうです。

南谷山福聚院
曹洞宗。宗禅寺の末寺。明応5年(1496)開山。明治になって外護を失い頽廃した大年寺に祀られていた穴薬師瑠璃光如来を大正6年(1917)当寺に遷座し瑠璃光殿に祀っている。昭和59年(1984)から奥州仙台七福神の一つとされる布袋尊を祀る。


穴薬師瑠璃光如来こちらは耳や鼻や目を病む人、産婦さんにご利益があるとされているそうです。

穴薬師さま
根岸には古くから人々に「穴薬師さま」と慕われている薬師像がある。むかし大年寺の馬坂で、ひとりの馬にのった武士が薬師さまのお堂の前を通り過ぎようとした。すると、とつぜん馬が暴れだし武士は勢いよく振りおとされてしまった。その様子を見ていた村人たちは、きっと薬師さまの罰があたったに違いないと言いあった。それが武士にも聞こえ、痛さと恥をかかされた事ですっかり怒ってしまい、薬師さまをお堂から取りだし、大木の根元に穴を掘って埋めてしまった。
足をひきずりながら武士が立ち去ると、村人たちは薬師さまを穴から掘り出しお堂に安置した。そして、そのおだやかな顔にみんなで手を合わせた。それから「穴薬師さま」と呼ばれるようになり、ますます霊験あらたかになったそうな。


本堂1階段をのぼった正面に本堂がありました。


本堂2この中に布袋尊が祀ってあるので、正面入り口から参拝させていただきます。


布袋尊布袋さんは右奥の方におりました。たしか入り口付近にスタンプなども置かれていたと思います。


布袋スタンプこちらがスタンプです。


スキンシップできる布袋尊こちらの布袋尊は多くの皆様に親しみをもって参詣を頂き、頭から足の先までスキンシップをしてお参りをしていただいているそうです。

スキンシップということで、ナデナデして良いという事らしいです。この時はその事実を知らなかったのでスキンシップはしませんでした。


立派な布袋尊像なんともご立派なお姿。若干ふてぶてしくすら感じてしまいました(笑)こんな事を言ってはバチがあたってしまいますね。

ではお参りいたしましょう。御真言は「オン マイタレイヤ ソワカ」です。

記事をまとめているうちに発覚したのですが、御真言を七回唱和するというお作法。これはきっちり七回というわけではなく、自分が何度唱えたか判らなくなるくらいお唱えするのが一番で、最低でも七回は唱和致しましょう、というものだったそうです。さすが慈悲深いですね。というわけで、今後は毎回言っていた「何回唱和したか分からなくなった・・・」というくだりは省略します(笑)


布袋和尚の看板布袋和尚
9〜10世紀頃の中国唐代の唐末の明州(現在の中国浙江省)に実在したとされる伝説的な僧で、七福神の中で唯一の実在の人物です。本名は釈契此(しゃくかいし)と言って、常に袋を背負っていたことから布袋という俗称がつけられたと考えられています。

図像に描かれるような太鼓腹の姿で、寺に住む訳でもなく、施しを求めて市中を回り処処を泊まり歩いたそうです。そして、そのトレードマークである大きな袋を常に背負っており、布施を受けた物は何でも袋の中に入れて歩いたそうです。背は低く、額や鼻にしわを寄せ、満面に笑みを浮かべた姿は愛嬌があったようです。

布袋和尚には超能力のような天才的な能力があったとされています。布袋さんが濡れた草履を履いて速く走るといつも雨が降り、高歯の木靴を履いて橋の上で肘を立てて眠っているときは、太陽が激しく照りつけたといいます。これを見て人々は天気の予想をすることが出来たそうです。ある時は雪の中で横になっていても布袋の身体の上だけには雪が積もっていなかったとか、あるいは人の吉凶を言い当てた、などという類の逸話がたくさん伝えられています。

こういった不思議な能力の噂や、彼が残した偈文に「弥勒真弥勒、世人は皆な識らず、云々」という句があったことから、実は弥勒菩薩(みろくぼさつ)の垂迹、つまり化身なのだという伝聞が広まったとされています。

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