スポンサーリンク
スポンサーリンク

壽老尊(喜福山 玄光庵)


喜福山玄光庵ここは青葉区通町にある喜福山玄光庵です。寿老尊が祀ってあります。奥州仙臺七福神では寿老人を「寿老尊」と呼んでいるようです。

延命長寿、福禄の神として信仰される寿老人。背は低く、身の丈三尺(約90センチ)といわれ、長い頭に長い白髭、巻き物をつけた杖を持ち、鹿をつれている姿で描かれるのが一般的です。鹿は玄鹿(げんろく)と呼ばれ、長寿の象徴とされています。


立派な仁王像こちらはもう一方の入り口です。
立派な仁王像がお出迎えしてくれます。

私がここを訪れた時、タイミングの悪いことに葬儀の真っ最中でした。そりゃお寺ですもんね。こういう事もありますので事前に確認した方がいいかもしれません。葬祭屋の方が「もうじき終わりますので・・・」というので、いったんこの場を離れ時間をつぶします。


本堂の横再び戻ってきました。
葬儀も終わり、参列者の方もいらっしゃいませんでした。これで心置きなく参拝もできるし写真を撮ることもできます。

喜福山玄光庵
曹洞宗。仙台市若林区新寺の龍泉院の末寺で、本尊は釈迦牟尼佛です。大永三年(1523)龍泉院二世明屋梵察大和尚の開山で、青葉城築城以前は仙台城大手門跡付近に龍川院の別院「玄光房」としてありました。その後、慶長五年(1600)伊達政宗公の仙台城造営に当り、独立し、玄光庵として現在地の通町に移転しました。本坊の龍川院は新寺に移転して龍泉院となり,もう一つの別院「大満房」も経ヶ峯に大満寺として独立し移転しました。

通町は、もとの奥州街道に当り、江戸時代に街の中心であった芭蕉の辻から北へ約一キロメートルの地にあり、伊達政宗公を祀る青葉神社に至る道筋にあります。移転以後、四百数年の歳月を経て、奥州仙台七福神の喜福寿老尊を祀る霊場としても、参詣者の信仰を集めています。

現在開創500年を越える曹洞宗の寺院ですが、それ以前、大日如来を本尊とする天台宗の寺院でした。曹洞宗になってからは、釈迦牟尼佛を本尊としましたが、大日如来も大事にお祀りしてきたそうです。そして寿老尊の胎内仏として御安置したそうです。奥州先臺七福神霊場会が発足するに及んで、仏師豊田雅斎師(埼玉県寄居長在住)の謹彫による等身大の喜福寿老尊が泰安されました。昭和59年10月5日の吉辰をトして約100人の僧侶によって、盛大に開眼法要が厳修されたそうです。


本堂こちらが本堂です。立派な佇まいですね。


本堂の入り口この正面の右側に入り口がありますので、そちらから入らせていただきます。


寿老尊本堂に入って右側に寿老尊が祀ってありました。入り口付近にはスタンプが置かれています。


寿老人スタンプこちらがスタンプです。


寿老尊の周囲葬儀の後だったので、後片付けをする僧侶の方がいらっしゃいましたが、参拝したい旨を伝えると快く案内してくださいました。

ありがとうございました。


等身大の寿老尊こちらが等身大の寿老尊です。では、お参りいたしましょう。
御真言は「オン バサラユゼイ ソワカ」です。

心静かに、清らかに祈っておりますが、祈願してる内容は「サマージャンボの高額当選」です。どうか欲深いわたくしをお許しください(笑)

寿老人
南極老人星(カノープス)の化身とも言われてます。寿老人と呼ばれていますが神社に祀られる時は寿老神と書かれるそうです。また、樹老人とも書かれることもあり、樹木の生命力から長寿を象徴しているようです。
福禄寿と寿老人は、そのプロフィールがあまりにも似ていることから、一つの神として考えられていたこともあります。七福神のメンバーが決定していく過程でも、両者のどちらかの名前を入れ、もう一人(吉祥天や猩々など)を加えることがしばしばあったそうです。これは日本で福禄寿や寿老人は七福神以外にほとんど信仰の対象になってなかった事もあり一種の数あわせのために使われたようなところがあったようです。

南極老人星(カノープス)
りゅうこつ座のα星を神格化した道教の神。酒を好み頭が長く、白髪で赤い顔をした長寿の神とされる。寿老人は不死の霊薬を含んでいる瓢箪(ひょうたん)を運び、長寿と自然との調和のシンボルである鹿を従えている。手には、これも長寿のシンボルである不老長寿の桃を持っている。
古くから、南極老人星は戦乱の際には隠れ、天下泰平のときにしか姿を見せないという信仰が存在する。『西遊記』『封神演義』『白蛇伝』など小説や戯曲に神仙として登場することも多く、日本では七福神の福禄寿と寿老人のモデルだと言われる。

猩猩(しょうじょう)
中国に由来する伝説上の動物。七福神の一人として寿老人の替わりに入れられた時代もある。人語を解し、赤い顔をした人間のごとき容姿で、酒を好むとされている。オランウータンの漢名が猩々であることから後代ではしばしばオランウータンなどの大型類人猿に見立てられたりしている。
特に日本では、各種の説話や芸能によってさまざまなイメージが付託されて現在に及んでいる。山口県周防大島では船幽霊のように語られており、船に対して海底から「樽をくれ」と声をかけ、樽を投げ込まないと祟りがあるが、樽を投げ入れると船に水を入れられて沈められてしまうため、樽のそこを抜いて投げ込んでやるという。
愛知県の名古屋市緑区を中心とした地域では猩々祭りという祭礼が行われている。猩々人形が子供達を追いかけ、大きな赤い手でお尻を叩こうとする。叩かれた子は夏病にかからないという。

吉祥天
もとヒンドゥー教の女神であるラクシュミーが仏教に取り入れられたもの。仏教では毘沙門天の妃とされる。繁栄・幸運を意味し幸福・美・富を顕す神とされ美女の代名詞として尊敬を集め、主に貴族から崇拝されていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました